擬一次元超伝導体(TMTSF)2ClO4の超伝導対破壊効果の磁場による変遷

一般的に超伝導は磁場や不純物によって破壊される。磁場による超伝導の破壊効果は磁場中で超伝導対が運動することによる「軌道効果」と、超伝導対とゼーマン分裂の競合から生じる「パウリ効果」に分けることができる。これらの破壊効果は状況によっては弱められ、通常考えられるよりも高い磁場中でも超伝導が生き残ることがある。例えば軌道効果は超伝導の次元性を低下させることによって弱めることができる。一方パウリ効果はFFLO状態と呼ばれる空間的な変調を伴った超伝導状態を実現することで部分的に弱めることができる。しかしFFLO状態は不純物に対して弱いという欠点も持つ。

擬一次元導電体(TMTSF)2ClO4は、磁場によって次元性を制御できることやFFLO状態が実現している可能性が指摘されており、これらの超伝導破壊効果の興味深い協奏現象が期待される。実際に我々は、磁場を導電面(ab'面)で回転させて、超伝導のオンセット温度Tconsetの磁場強度・方向依存性を精密に測定し、非常に奇妙な振舞いを見出した。さらにこれらの振舞いへの不純物効果や磁場を導電面からずらした場合の効果も合わせて調べ、以下のようなことを見出した。

@まず、図1のように磁場がa軸に平行なときとb'軸に平行なときのどちらでも低温で超伝導転移線が急激に上昇することを明らかにした。

2008年4月のTopicsの図1
(TMTSF)2ClO4の磁場がa軸、b'軸、c*軸に平行なときの温度-磁場相図。青はより純良な試料(Sample #1)の結果を、赤はやや純良製に劣る試料(Sample #2)の結果をそれぞれ表す。

A次に、図2のように20 kOe以上で、導電面内でa軸から測った磁場角度φ = ±17º 付近にTconset(φ) 曲線のディップ構造が生じる。これは高角側(b'軸側)で磁場によって電子状態の次元性が低下し、超伝導が安定化されていることを反映していると考えられる。また、このディップ構造は純良性がわずかに劣るために次元性低下が十分でない試料では見ることができない。このことも上述のシナリオを支持している。

2008年4月のTopicsの図2
(TMTSF)2ClO4Tconsetの導電面内磁場方向依存性。青はより純良な試料(Sample #1)の結果を、赤はやや純良製に劣る試料(Sample #2)の結果をそれぞれ表す。

Bさらに、電子状態が2次元的になる磁場方向において、パウリリミット(約25 kOe)以上の高磁場ではTconset(φ) 曲線の φ = 0º に対する鏡映対称性が消失している。これは、超伝導状態の空間的な対称性が変化していることを示しており、実空間で秩序変数が変調した超伝導状態(FFLO状態)の発現として上手く説明できる。

C一方、磁場がa軸に平行なときは電子状態が異方的3次元のままであるが、この場合でも超伝導転移線の急激な上昇が40kOeで見られ、50kOeという高磁場下でも超伝導が安定である。この転移線の上昇は純良性の劣る試料では観測されなかった。このことから、40kOe以上ではパウリ効果を抑制する代わりに不純物散乱に対して非常に弱い超伝導状態が実現していることが示唆される。この高磁場での超伝導状態をFFLO状態と考えるとつじつまが合う。しかしながら、Bの場合と電子状態が異なることや、Dで述べる磁場を傾けたときの効果の違いなどから、このFFLO状態はBのFFLO状態とは質的に異なるものである可能性が考えられる。

D磁場を導電面からわずかに傾けた場合のTconsetの変化の仕方は、Aのディップ構造を境に大きく大きく異なる:30kOe以上において、ディップ構造よりもa軸側では磁場を3度傾けると超伝導は観測されなくなるが、ディップ構造よりもb'軸側では3度傾けても超伝導は安定である。一つの可能性として、これらの磁場を傾けたときの依存性の違いはFFLO状態の質的な違い、すなわち秩序変数の変調方向と磁場方向の角度の違いや電子状態の次元性の違いに由来する可能性が考えられる。

このように我々は、(TMTSF)2ClO4において、軌道効果やパウリ効果といった磁場による超伝導破壊効果と、次元性低下や2種類のFFLO状態の実現による超伝導破壊効果の抑制、さらに不純物や磁場方向を傾けた場合のこれらへの影響が複雑に協奏して、興味深いTconsetの変化を生んでいることを示した。同時にこの結果は、(TMTSF)2ClO4がスピン1重項超伝導体である可能性を支持するものである。

この結果はJournal of the Physical Society of Japan誌に掲載されました

論文情報

Shingo Yonezawa, S. Kusaba, Y. Maeno, P. Auban-Senzier, C. Pasquier, and D. Jérome
J. Phys. Soc. Jpn. 77 5 054712 Apr. 2008