有機物超伝導体(TMTSF)2X (X = ClO4, PF6, etc) は、非常に異方的な電気伝導性を持つ擬一次元導電体であり、擬一次元系として恐らく最もシンプルかつ典型的な電子状態を持つ。従ってこの系は、擬一次元超伝導の一般的性質の理解を目指すという観点では理想的な研究対象である。しかし、その超伝導の性質、特に超伝導の対称性に関しては、超伝導の発見から30年近くたった今も未だに謎に包まれており、現在でも盛んな議論がなされている。
この系の超伝導状態について特に興味深いのは、超伝導凝縮エネルギーとゼーマン分裂が拮抗する磁場(パウリリミット)の数倍の磁場中でも超伝導相が保たれる点である。この起源を探るため、我々は(TMTSF)2ClO4の超伝導オンセット温度Tconsetの磁場強度・磁場方向依存性を研究した。図はTconsetの磁場角度φ に対する依存性をpolar plotを用いて示したものである。(ここで、polar plotとは、原点からの距離をTconsetの大きさ、原点から見た角度を磁場方向に対応させてデータをプロットしたものである。)
非常に精緻に実験を行った結果、幾つかの非常に奇妙なTconset の振舞いを発見した。
@まず、20 kOe以上で磁場角度φ = ±17º 付近にTconset(φ) 曲線のディップ構造が生じる。これは高角側で磁場によって電子状態の次元性が低下し、超伝導が安定化されていることを反映している。
Aさらに、パウリリミット(約25 kOe)以上の高磁場ではTconset(φ) 曲線の φ = 0º に対する鏡映対称性が消失し、その代わりに別の「主軸X」がこのグラフに生じているように見て取れる。これは、超伝導状態の空間的な対称性が変化していることを示しており、実空間で秩序変数が変調した超伝導状態(FFLO状態)の発現として上手く説明できる。
この結果はPhysical Review Letter誌に掲載された。