前回の復習
規則的に配列された原子から構成される固体について、もっとも身近な素励起である音の伝導を格子振動と表現し、古典的な調和振動子の集団としてアインシュタインはモデル化に成功した。しかしながら、その古典的なモデルで固体の比熱は、温度に依存せず、実験結果と矛盾していた。また、電気伝導と熱伝導に関して幸運にも成功を収めていたドルーデモデルも電子の比熱については説明ができず、原子・電子の振る舞いについて古典力学の限界が如実に表れていた。
前期量子論
プランクは、黒体から輻射される電磁波の分光放射輝度を説明するために、黒体中に含まれる振動子のエネルギーが飛び飛びの値を持つこと、すなわち量子化されていることを考え、そのエネルギー単位を振動子の振動数で割った値をプランク定数とした。これにより、物体がその温度に対応する色で発光する現象を説明することができた。プランクの仮説は、原子のエネルギーを量子化しただけでなく、アインシュタインが光量子仮説を発表する5年も前の1900年に、光の量子化を示唆していたことになる。
このように、原子の振動を量子化して考えることにより、固体の比熱が絶対零度でゼロになることが予言され、これを実証するために低温での測定が必要となった。一方、電気伝導をもたらす電子の伝搬に関しては,金属の抵抗が低温になるに従って減少するという現象は、ドルーデモデルにおいて、格子振動が低温に向かって減少することで説明できたが、絶対零度における電気伝導については、格子振動の低温における振る舞いと併せて、熱い議論の対象になっていた。電子気体を仮定した場合、熱運動する電子は止まってしまうので、電気抵抗が発散するという予測がケルビン卿を中心としてなされていた。この一連の論争は、物質を構成するものが何であるかというアリストテレス以来の物理学上の伝統的な問であることは、言うまでもない。
絶対零度への挑戦とその成果
これを解決するためには、ファラデーが電流の存在を明らかにしたように、実験によって低温を実現し、固体の熱特性と電気特性を測定することがもっとも確実である。これに挑戦したのが、イギリスのデュワーとオランダのカマリンオンネスである。1895年に水素の液化に成功して、20ケルビン以下の低温を得ていたデュワーは、続いてヘリウムの液化に挑戦したが、最終的な勝利を勝ち取ったのは、カマリンオンネスである。カマリンオンネスは、液体ヘリウムの減圧によって得られる0.9ケルビンまでの低温を利用して、様々な物質の比熱と、電気抵抗を測定した。その結果、比熱と電気抵抗に関して、以下の事が明らかになった。
- 比熱は、絶対零度に近づくに従い、ゼロに近づき、格子振動を量子化したアインシュタインモデルと一致する
- しかしながら低温でアインシュタインモデルは、実験値より小さくなった。これは、デバイモデルによって見事に訂正され、格子比熱がT3に比例することが指摘された
- 同時に、極低温では電子の比熱が支配的になり、Tに比例することがわかった。つまり、金属の低温における比熱はで与えられる。
- 電子ガスモデルを支持する、電気抵抗が絶対零度に向かって発散する実験結果は、得られなかった
- 金属に含まれる不純物量を減少させていくと抵抗が減少する、マチーセン則がより低温で確認された
- 水銀の電気抵抗が4.2ケルビンで突然消失する現象が発見され、これを超伝導と名付けた
以上の結果から、原子と電子に関して前期量子論を裏付ける多くの成果が得られ、パウリの排他原理やシュレディンガー方程式、パウリの不確定性原理など量子力学を構築する土台となる概念を与えた。