「バンドギャップの大きさは何で決まる?」–電気伝導第2講

前回の復習

固体中の電子の波動関数は、結晶格子の周期を持つ関数と振動成分の積からなるブロッホ関数で記述される。また、その電子のエネルギーは波数に依存するが、そのエネルギーは連続ではなく、波の周期がイオンの格子に一致するときに電子の波は反射され定在波となる。このとき、負の電荷が集中している定在波の腹が格子上に位置する場合と格子間に位置する場合では同じ波数でもエネルギーが異なる。これがバンドギャップの存在する一番単純な説明である。

バンド分散図は、第一ブリルアンゾーンの内部について、ある電子軌道に属する電子の波数とエネルギーの関係を示したものである。エネルギーの小さい軌道から2個ずつ価電子を収納していき、単位胞当たりの価電子数がすべて収納されたエネルギーがフェルミエネルギーとなる。

多くの物質では、バンド構造から物質の伝導性、つまり絶縁体であるか金属であるかを区別することができる。つまり、収納された電子数が2ないしは0個の軌道だけである場合が絶縁体であり、1個の電子を収納した軌道を持つ物質が金属なのである。

 

バンドギャップの大きさは何で決まる?

バンドギャップが広い半導体、ワイドギャップ半導体は、バンドギャップが室温に相当するエネルギーより十分に大きいので、室温でも価電子からキャリアの熱活性がほとんど起こらないために、意図しない電流(OFF電流)が小さく、省電力デバイスとして注目されている。

ところで、どんな物質でバンドギャップが広くなるのだろうか?ワイドギャップ半導体として知られている物質を挙げていくと、SiC, GaN, Ga2O3となる。これらの物質に共通点はあるのだろうか?

なんとなく、軽元素からなる物質が多いように思える。しかし、これは地上における含有度が多い元素を抽出しているので、このようになるともいえなくもない。他にどんな共通点があるだろうか?結晶構造?配位数?

異なる元素が同一の結晶構造を組む場合において、バンドギャップを比較してみる。たとえば、ダイヤモンド構造をとるC、Si、Ge では、それぞれ、5.5, 1.1, 0.67 eVであり、原子が重くなるほどバンドギャップは小さくなっている。これは間違いないだろう。

ダイヤモンド構造物質では、価電子帯は一つのs軌道と3つのp軌道が混成したsp3混成軌道を、配位する4原子と共有して化学結合をつくっている。隣の原子から逆向きスピンの電子を1個ずつ借りてきて同じ軌道に入ってもらうことによって、原子間における電子の存在確率を高め、結合によるエネルギーを稼いでいる(結合軌道)。

ダイヤモンド構造(上)閃亜鉛構造(中)ウルツァイト構造(下)の結晶構造。赤色がO

化合物半導体に目を転じてみよう。青色LEDで有名内GaNはやはり4面体配位のウルツ鉱構造であり、局所的にはダイヤモンド構造を2種の原子で表現した閃亜鉛型構造と同一である。Nを周期律表の下の元素であるP, Asと変えていくとバンドギャップはどうなるであろうか?

GaN, GaP, GaAsのバンドギャップはそれぞれ3.4, 2.3, 1.4 eVと周期に従って減少していく。やはり元素が軽くなるほどバンドギャップは大きいのである。

 

統計物理学では、固体の熱容量を正確に説明するモデルとして、デバイモデルを取り扱ったことを覚えているだろうか?このデバイモデルで導入したデバイ振動数は、格子振動の振動数の上限であるが、これもどのように決まるのであろうか?

 

今回の講義の前半では、弱い周期的なポテンシャル中の自由な電子を考え、ブリルアンゾーン境界においてエネルギー分散関係にギャップが生じることを解説する。

 

バンド分散の計算方法

固体中の電子のエネルギーと波数ベクトルの関係(バンド分散)はもっとも単純な近似として、自由電子モデルから計算できる。1次元の場合と3次元ブラベー格子の場合について、テキストに示されている。もっとも、ここで周期的ポテンシャルが入っていないので、バンドギャップは存在しない。

そもそも我々は、自由電子ガスで金属の電気伝導が記述できないことは簡単に想像がつく。電子を古典的な荷電粒子として扱うDrudeモデルが幸運にできすぎている。パウリの排他律に従うフェルミ気体だとして考えても、矛盾はあまり解消しない。やはり、原子に局在する電子と遍歴する電子を区別して、電気伝導を考察する必要がある。

物質の電気的性質を説明するためには、ゾーン境界に生じるバンドギャップだけでなく、分散関係自身も重要である。たとえば、分散関係の曲率から有効質量が得られるからである。分散関係を計算する方法として、もっとも単純な方法は、電子が原子に局在している状況から出発して原子間に遍歴するブロッホ電子を構成する強結合近似である。

強結合近似では、孤立する原子における各軌道の電子の波動関数の重ねあわせを考える。電気伝導に最も重要なのは、最外殻電子であるが、主量子数がもっとも大きな軌道ではなく、最後に電子が入った軌道と考えたほうがよい。つまり、s軌道の電子ばかりでなく、p軌道やd軌道の電子も伝導に関与する。軌道の重ね合わせの量子論的な考え方については、筆者が工学研究科で講義をおこなっており、分子が結合する原理について説明する。

次に、 摂動法(ウィグナーサイツ法)を挙げる。これは、シュレーディンガー方程式にブロッホ関数を作用させると、結晶格子の周期関数についての固有方程式が得られる。この固有方程式のハミルトニアンは、元のシュレーディンガー方程式のハミルトニアンと比較して、運動量の項がブロッホ電子の波数分だけ(わずかに)変化しているので、摂動として取り扱うことができる。

最後に、疑ポテンシャル法を説明する。疑ポテンシャル法は、強結合近似とは逆の考え方であり、価電子だけに注目して、原子核を含めた内殻電子からのポテンシャルを感じているとする方法である。この方法は、効率的な計算手法の一つとして考えられているため、厳密な意味では、さまざまな問題を含んでいる。たとえば、内殻電子をどこまで取るかという点に任意性があるほか、内殻電子に励起が起こる場合についてもカバーできていない。